話に浸かる

お湯に浸かるみたいに、
人の話を聞くという体験。

ようやく行けた、初めての落語。ずっと気になっていたけれど、なんとなくハードルを感じていた世界。「大人のたしなみ」とか「通の人が行く場所」とか、そんな勝手なイメージがあって足を踏み入れられずにいた。でもある日、夫のお父さんに誘われて、ひょんなタイミングで行くことになった。

私が行ったのは、新宿・末廣亭。チケットを買って入った瞬間、空気ががらりと変わった。舞台の上では誰かが話していて、客席のあちこちからくすくすと笑い声。一歩足を踏み入れた途端、そこは“落語の世界”だった。出番が終わるたびに、次の話が1分もしないうちに始まる。時計なんて気にしていないのに、流れが心地よかった。

最初は「ちゃんと聞こう」と思っていたけれど、気づけば力を抜いて背もたれに預けていた。少し首をもたげながら、ただ、声を浴びる。目の前で話しているのは一人だけなのに、まるで何人もそこにいるような錯覚。巧みな話術に、自然と体がゆるんでいく。あれはまるで、湯に浸かるみたいに、人の話を聞く時間だった。

さっきまで考えていた仕事のことも、ちょっとした悩みも、「このあと何しようかな」なんていう思考も、ぜんぶ、湯気みたいに消えていった。ふと客席を見回すと、ペンと紙を持った人、似顔絵を描いている人、居眠りしている人までいて、みんな思い思いに過ごしていた。「こうでなきゃいけない」なんて空気が、そこにはなかった。(もちろんマナーは必要だが)

昼の部の区切りで外に出たとき、心の芯があたたかくなっているのを感じた。満たされて、軽くなって、笑っていた。それは“学び”とか“教養”なんて言葉より、もっと身体的な充実だった。

新宿で少し時間が空いたら、カフェで作業する代わりに、ちょっとだけ落語を聞きに行くそんな選択肢を、私は手に入れた。笑いながら、いつの間にかデトックスしてた。落語って、すごい。これって、もしかしたら最高の人生の始まりかもしれない。

落語のように上手く話せないし、伝えきれないもどかしさもある。でも、私がどんなふうに語るかよりも、その場に一緒に行けることのほうが、ずっと説得力があると思う。


温泉に入りに行くみたいに、落語を聴きに行こうよ。
あなたと、そんな時間を共有できたら嬉しい。

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