人は、問いがあるから成長できる。
脳は問いを立てると、
その答えを探し続けるようにできていると言われています。
だからこそ私たちは、
考え、試し、学び、前に進むことができる。
でも、ここで少し考えてみたい。
もし
「1+1=2」のように
誰もが同じ答えを出せるものを
正解と呼ぶのだとしたら。
私たちの人生にある問いのほとんどは、
そもそも正解が存在しないものなのではないでしょうか。
どう生きるのか。
何を大切にするのか。
誰と歩んでいくのか。
それらは、
誰かが用意してくれる答えではありません。
だからこそ人は、
問い続けることをやめられない。
答えがない問いを抱え続けると、
気づかないうちに心は疲れていきます。
もしかすると、
私たちが感じている疲労の正体のひとつは
正解のない問いを
探し続けていることなのかもしれません。
私自身、大腸がんの治療中に
大きな問いに直面したことがあります。
それは、
抗がん剤治療をするか、しないか。
医療にはもちろん
データや統計があります。
でもその数字は、
あくまで「多くの人」の話であって
私の人生の正解を
教えてくれるものではありませんでした。
ネットで調べてみると、
抗がん剤はやめた方がいい、毒だという意見もあれば
その逆に、
治療を受けるべきだという意見も
たくさんありました。
情報は山ほどあるのに、
どれが本当に正しいのかは
誰にも分からない。
その中で私は、
何度も自分に問い続けました。
私はどう生きたいのか。
私は何を大切にしたいのか。
そして、
自分の気持ちを正直に書き出してみました。
本当は何が怖いのか。
本当は何を望んでいるのか。
誰の言葉を信じたらいいのか。
頭の中だけでは
ぐるぐると回り続けてしまう問いも、
言葉にして書き出してみると
少しずつ自分の本音が見えてきます。
そして私は、
あることに気づきました。
納得して選ぶためには、
自分の気持ちを書き出すことが必要だということ。
書くことで、
人の意見ではなく
自分の本当の声が
少しずつ見えてきます。
その中で私が最後に決めたのは、
目の前で検査をしてくれたり、
実際に私の体を手術してくれた
目の前のお医者さんの言葉を
信じることでした。
自分で選択するまでに
本当にいろいろな意見に触れました。
でも最終的に気づいたのは、
最後は自分で選ぶしかない
ということでした。
普段何気なく過ごしていると、
私たちはつい
自分以外の誰かに
期待しすぎてしまうことがあります。
誰かが答えをくれるのではないか。
誰かが正しい道を示してくれるのではないか。
そんなふうに、
どこかで自分の人生を
誰かに委ねてしまっていないだろうか。
でも最後は
誰を信じるのか。
何を信じるのか。
それを自分で決めるしかありませんでした。
そして私は
抗がん剤治療をすることを選びました。
それが絶対に正しい答えだったのかは
今でも分かりません。
でも、
自分で問い続けて
自分で納得して選んだ選択でした。
だからこそ今、
私はこうして生きています。
人生には、
誰もが共通して答えられる
正解があるわけではありません。
でも
自分が納得できる選択をして
生きていくことはできる。
そして実は、
選ばないということも
「選ばない」という選択を
していることになります。
もしかすると人生とは
正解を見つけることではなく
問い続けながら
自分の「納得」を見つけていく
その過程なのかもしれません。