正直に言う。
今回の文章は、「綺麗にまとめよう」と
思って書いたものではない。
少し悲しさや怒りみたいなものが
混じっているかもしれない。
【迎合】
自分の本音を押し殺して、
相手の望みに合わせてしまうこと。
もう嘘をつくのに疲れた私が、
隠してきた本当の気持ちをようやく
取り出して言葉にしたものです。
■長いあいだ、私は“都合よく
扱われる優しさ”を演じていた
私はずっと、
「役に立ちたい」
「応援したい」
「必要と言われたい」
その気持ちで人に向き合ってきた。
でもその裏で本当は、
自分のことを後回しにしていた。
大切にされているつもりで、実際には
“都合よく期待を背負わされていただけ”
の場面もあった。
そう気づいたときのあの痛み。
あれは忘れられない。
■“必要”だと言ってくれたのに、
私に必要な環境は整えられていなかった
比喩で話してみようと思う。
「あなたの花が必要なんだ」
そう言ってくれる人がいた。
それなのに、
水も、花瓶も、陽の場所も用意してもらえなかった。
そうしているうちにずっと苦しさを
抱えてしまっていた。そんな苦しい環境に
居続けられるはずないのに・・・
必要と言ってくれる言葉だけにしがみついてしまった。
■限界を超えて初めて、相手は動いた
そして私は気づいた。
私が「このままでは枯れてしまう」と伝えた瞬間、
ようやく環境が整えられた。
その時、胸の奥からふっと声がした。
「どうして最初からやってくれなかったんだろう?」
この問いが、静かに深く刺さった。
本当に大切にしたいものを大切にするためには
環境を整えるよね?
■私が苦しかったとき、
その人の声や温度は伝わってこなかった。
私は苦しかった。
でも、
声ひとつ届かない沈黙の中で、
ようやく現実を理解した。
“私が大切にしていたほど、
相手は私を大切にしていなかったんだ”
その事実だけが、
雪のようにゆっくりと積もっていった。
必要という言葉に騙されていた感覚
簡単にいうと相手にとって都合が良かった存在だ。
■そこでようやくわかった
「大切にしてくれる人だけを大切にしていい」
この言葉、本当に意味がわかったのはここからだった。
人間関係は、努力でつなぎとめられない。
温度が違えば、どれだけ手を伸ばしてもすれ違う。
だから私は、静かに距離を置いた。
怒りでもなく、復讐でもなく、
ただ、
自分の心を守るために。
■病気は突然じゃなかった
大腸がんの告知は衝撃だったけれど、
あれは“偶然の不運”ではなく、
“長年の無理の結晶”が
身体に形として現れたものだった。
自分を誤魔化し、
限界を無視し、
本音を押し殺していたら、
心じゃなくて身体が先に壊れた。
身体は、ずっと前から知っていた。
「このままじゃ死んでしまうよ」と。
■手放すことは逃げじゃなかった
私はそこで初めて、
“手放す勇気” を持った。
人を、場所を、役割を、
「必要」と言われる自分を。
そして気づいた。
私の人生は、
誰かに必要とされるためにあるんじゃない。
自分の心が生きられる場所を選んでいい。
その選択は、逃げではなく、
生きる方向を変えるための行為だった。
■この文章は、あの頃の私への手紙
無理しなくてよかった。
気づかないふりをしなくてよかった。
重たい気持ちを抱えたまま生きなくてよかった。
そして何より、
もう、自分を雑に扱う世界から離れていいんだよ。
あなた自身のために生きていいんだよ。
これは、私から私への和解だった。
■KAKU-DO°は、戻る場所でもある
私は書くことでしか立ち直れなかった。
心の声は、声より先に文字として落ちてくる。
だから KAKU-DO° は、
“戻る場所”としてつくられたのかもしれない。
誰も急かさない場所。
静かに深呼吸できる場所。
自分の重さを抱えたままでも、
筆を置くと少しだけ軽くなる場所。
■最後に
もしこの文章を読んで、
胸の奥が少しでも動いたなら、
それは多分、
同じ痛みを知っている人のサイン。
その声を無視しないでほしい。
手放すことは、逃げじゃない。
生きるための選択。
私の人生はそこから始まった。
きっと誰の人生も、そう。
◻︎自分に戻るための10の扉
①今の私は、誰のために生きている?
その生き方は本当に自分が望んでいるもの?
②いま抱えている“重さ”は、いつから持ち続けている?
③最近、心の声を無視した瞬間はあった?
④本音を押し込めてまで守ろうとしているものは何?
それは本当に守る価値がある?
⑤「本当はやめたい」と思っていることは何?
⑥私を丁寧に扱ってくれる人は誰?
その人との距離は今どうなっている?
⑦反対に、“丁寧に扱われていない”と感じた瞬間はどこ?
その違和感は、見て見ぬふりをしていない?
⑧いま手放したら、きっと楽になるものは何?
⑨心と身体、どちらが先に「限界だよ」と言ってる?
⑩“本当に生きたい私”は、今どこにいる?
その私を迎えに行くために、最初の一歩は何?
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ここですぐに手を動かして書く、
時間を作って書く、そんなことがちゃんと行動にできれば、
あなたはもう誰にも雑に扱われることはなくなっていくはず。
被害者のように振る舞いたいのではなく
それは「苦しいよ」」と声をあげて、
環境を自分で選ぶ必要がある。
この苦しさにしがみついているのは、
私だから。
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花を愛している人は、
咲いている花を抜いて持ち帰るのではなく、
その場所で、水をやり続ける。